大判例

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高松高等裁判所 平成9年(行コ)3号 判決 1998年3月27日

控訴人

石井雅城

右訴訟代理人弁護士

池本美郎

村田喬

被控訴人

香川県

右代表者知事

平井城一

右訴訟代理人弁護士

田代健

右指定代理人

吉田善政

外三名

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

控訴代理人は「原判決を取消す。主位的請求として、被控訴人は控訴人に対し、金三七四九万九八五九円及びこれに対する平成八年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。予備的請求として、被控訴人は控訴人に対し、金二九一一万七二八〇円及びこれに対する平成六年一二月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。仮執行の宣言を求める。」との裁判を求め、被控訴代理人は主文同旨の裁判を求めた。

第二  当事者の主張

次のとおり補正するほかは原判決の「事実」欄の「第二 当事者の主張」の項に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の補正

1  原判決四枚目裏一行目及び同七行目の各「手続違反」の前に、「適正」をそれぞれ加える。

2  同四枚目裏七行目の末尾に「また仮に、本件事故が公務中に該当しないとしても、その可能性がある以上、聴聞の機会が与えられなければならないのに、これが与えられていないから、失職は前同様無効である。」を加える。

3  同六枚目表九行目の「二五条、」を削除し、更に、同枚目裏一行目冒頭の(1)から同七枚目表三行目末尾までを削除し、同四行目の「(2)」を「(1)」と、同裏一行目の「(3)」を「(2)」と、それぞれ改める。

二  当審における新主張(主位的請求に関するもの)

1  憲法一三条違反

地方公務員法一六条二号、二八条四項は、公務員が禁錮以上の刑に処せられた時には例外なく失職するとされているが、本件のような軽微な自動車事故により執行猶予付禁錮刑に処せられた場合にまで失職させるのは、憲法一三条から導かれる比例原則に違反して無効である。

2  憲法一四条違反

本件のように公務員が軽微な自動車事故により執行猶予付禁錮刑に処せられた場合に失職させ、退職金を支給しないのは、民間の労働者における懲戒処分に比較して余りにも不均衡に過ぎて、地方公務員法一六条二号、二八条四項は憲法一四条に違反して無効である。

三  当審における新主張に対する認否

すべて争う。

第三  証拠関係は原審及び当審の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないのでこれを棄却すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは原判決の「理由」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の補正

1  原判決九枚目表一一行目の「できない。よって、本件事故が公務中のものであることを前提とする」を「できないし、公務に準じるものとも言えない。よって、本件事故が公務中かこれに準じるものであることを前提とする」と改める。

2  同一〇枚目表二行目の「問題とするもののようであるが、」から同一一行目の末尾までを「問題とするが、地方公務員法一六条二号、二八条四項に基づく失職の効果は、禁錮以上の刑に処せられたことにより発生するものであって、行政処分により発生するものでないから、行政処分における公正な手続の要請はこれを考慮する余地がないし、更に、刑事裁判手続で禁錮以上の刑に処せられる場合には、刑事訴訟手続において防御の機会が与えられるのであるから、禁錮以上の刑に処せられたことについて改めて防御の機会を与える必要はなく、また、特例条例には公務中の交通事故については情状によりその職を失わないものとすることができると定められているところであるから、公務中でない以上、聴聞等の事前手続をとることは意味のないことである。したがって、(四)ないし(3)の主張は理由がない。」と改める。

3  同一〇枚目裏三行目の冒頭の「第二」から同一一枚目裏二行目末尾までを後記「三 予備的主張について」の項に記載のとおりに改める。

二  当審における新主張に対する判断

1  憲法一三条違反の主張について

控訴人は、本件のような軽微な自動車事故により執行猶予付禁錮刑に処せられた場合にまで画一的に地方公務員法一六条二号、二八条四項により失職させるのは、憲法一三条から導かれる比例原則に違反するから違憲となる旨主張する。

しかし、日本における刑事訴訟法のもとでは、起訴便宜主義が採用され、被疑者の性格、年齢、境遇、犯罪の軽重及びその情状、犯行後の事情等によれば、処罰の必要がないと認められる場合は検察官により起訴猶予処分がなされ、処罰の必要があると認められる場合においても、軽微な交通事故等による業務上過失傷害罪においては、その大半を略式手続による罰金刑が求刑されており(公知の事実)、このことは、乙第九ないし一一号証(平成七年度統計)によれば、総数三二〇万人を越える地方公務員のうち、失職した者の数は二〇人に満たないことからも裏付けられているところであって、軽微な交通事故等による業務上過失傷害罪において一律に禁錮刑が求刑され、裁判においても多数の者が禁錮刑に処せられているのでないことは明らかであり、このような実情のもとに禁錮刑に処せられた者に対する社会的な非難性は高いと言わざるを得ない。右のような刑事訴追制度や刑事裁判制度の実情に加えて、禁錮刑に処せられた地方公務員が公務に従事するときは、公務に対する住民の信頼が損なわれるほか、地方公務員は全体の奉仕者であって、地方公務員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならない(地方公務員三〇条、三三条)ことなど地方公務員の地位の特殊性や職務の公共性など一切の事情を総合して考察すると、地方公務員法一六条二号、二八条四項の目的には合理性があり、比例原則に違反しているとはいえない。この点について、控訴人は、過失による赤信号の見落としにより、衝突した相手車両に同乗中の二名に対し、それぞれ全治約三日と七日の傷害を与えただけの軽微な事故であることを強調する。甲第一ないし第四号証及び弁論の全趣旨によれば、確かに、結果としては全治約三日と七日の傷害であるから、結果は軽微といえなくもないが、赤信号の見落としは重大事故を惹起する可能性が高い犯行(過失)といえるから、過失行為自体は軽微とはいえないし、犯行後(本件事故発生後)、最高裁判所において刑が確定するまで、自己において信号の見落としはなかったこと、したがって、相手方において信号の見落としがあったことのみを強く主張して譲らず、自己においても過失があり得るという反省は一切していないのであるが、このような態度が被害者に与える苦痛と怒りは容易に想像できるところであって、犯行後の情状は相当に悪質といわれても仕方がないものであり、これらを全体的に観察すると、被害弁償をするなどして量刑の不当を主張しなかった本件においては執行猶予付禁錮刑に処断されても止むを得ない事案であったといわざるを得ない。

したがって、軽微な交通事故であることを強調する主張は失当である。

2  憲法一四条違反

控訴人は、本件のように公務員が軽微な自動車事故により執行猶予付禁錮刑に処せられた場合に失職させ、退職金を支給しないのは、民間の労働者における懲戒処分に比較して余りにも不均衡に過ぎて、地方公務員法一六条二号、二八条四項は憲法一四条に違反して無効である旨主張する。

しかし、既に判示のとおり、地方公務員としての特殊性、職務の公共性、日本における刑事訴追や刑事裁判制度の実情、禁錮刑に処せられた者に対する社会的非難性に照らせば、地方公務員法一六条二号、二八条四項の目的には合理性があり、証民間企業における労働者が懲戒処分により懲戒解雇され、その退職金を失う場合に比べて不当に差別したものとはいえない。したがって、右主張も採用できない。

三  予備的主張について

控訴人は、退職手当条例六条一項二号は、地方公務員が執行猶予付禁錮刑に処せられた場合には退職金を支給しないと定めているが、民間企業における就業規則においては、労働者が本件のような交通事故により執行猶予付禁錮刑に処せられた場合に退職金を支給しないとは定めていないところであって、民間と比較して不平等な取扱をしており、これは憲法一四条の平等原則に違反する旨主張する。

そこで検討すると、仮に、民間企業における就業規則においては、労働者が本件のような交通事故により執行猶予付禁錮刑に処せられた場合に退職金を支給しないとは定めていないとしても、既に判示のとおり、地方公務員としての特殊性、職務の公共性、日本における刑事訴追や刑事裁判制度の実情、禁錮刑に処せられた者に対する社会的非難性に照らせば、退職手当条例六条一項二号の目的には合理性があり、民間企業における労働者に比べて不当に差別したものとはいえない。したがって、右主張も採用できない。

また、控訴人は、退職手当は、通常、算定基礎賃金に勤続年数別の支給率を乗じて算定され、一般に賃金の後払いの性格を有しており、退職理由の如何を問わず支払われるものであるから、退職手当を一切支給しないとする退職手当条例六条一項二号は、憲法二九条一項に違反している旨主張する。

しかし、地方公務員の退職手当の支給をどのようにするかは条例に委ねられているところであり、条例において、禁錮刑に処せられた場合には退職金を支給するに値しないとして、経済面から地方公務員の倫理性を保持せんとしているものであるから、退職手当条例六条一項二号の目的には合理性がある。確かに、退職手当の中には、給与の後払的な部分が存在すること、地方公務員においても、退職時期が近づくにつれ、老後の備え等のために、退職金を受領できることを前提に生活設計を立てることから、退職金に対する期待が高まることは容易に想像できるところである。しかし、退職手当の中の給与の後払的な部分は幾らであるかは算定不能であるし、退職金の支給決定があるまでは期待権の域をでないものであるから、この点において控訴人に同情の余地があるとしても、既に、退職手当請求権が発生していることを前提とする控訴人の主張は失当である。

したがって、退職手当条例六条一項二号は憲法二九条一項に違反しているとはいえず、控訴人の右主張は採用できない。

そうすると、本件について退職手当を右条例に基づき不支給としたことを違憲と解することはできないから、控訴人の予備的請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がない。

四  よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき、民事訴訟法六七条一項、六一条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大石貢二 裁判官溝淵勝 裁判官重吉理美)

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